『雪国』

『雪国』  川端 康成著  1947  (株)新潮社

トンネルを抜けるとそこは非日常の世界。
最初の汽車の中でのガラスに映った葉子の映像の現実離れした描写からすでに始まっている。
駒子にとっても島村と会っている時間だけが非日常の世界。
あるいは酒に溺れるしかない。

島村の日常はほとんど明かされていない。
女房と子どもが東京にいるというだけだ。
一方の駒子の日常もそれほど多くは語られていない。
ただ、彼女自身、その日常を忌み嫌っている。
そんな気持ちが彼女を島村へ向かわせたのか、本当に島村が好きだったのか。
はっきりとはわからないが、少なくとも彼女の日常が島村との『生活』をも脅かす。

この『雪国』はそのほとんどが島村と駒子の『生活』の描写で費やされている。
その『生活』は非日常、所帯じみたにおいなどしない。
それが左手の指であったり、ほほであったり、薄い皮膚であったり、なまめかしい触感に反映されている。
そんな感触が、侵食されていく二人の『生活』の最後の砦となっていく。
それでも昔住んでいた家の火事と、二人にとって重要な存在の葉子の墜落、そして死。
この物語の中で、駒子のまわりには師匠やその息子、そして葉子とつねに死の匂いが付きまとう。
もうひとつ、物理的な空間の関係性。
トンネルで引かれた日常と非日常の境界線。
それはあくまで島村にとってのもの。
駒子は日常から脱することが結局最後までできずにいる。

二階から落ちた葉子に、その日常にすがりつく駒子。
そんな彼女を冷静に眺めつつ、それでも天の川に流されていく島村。
男と女、日常と非日常、永遠のテーマに絡みつく空間と触感。
あたかもはじめに汽車の窓に二重に映し出された葉子の顔と後ろの景色のごとく、彼らの日常も浮遊感を増していく。

天の川でぼくらの足元の大地まで流されていく。


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